外科手術の術式の考え方
左心低形成症候群において、外科手術の術式は未だ確定的な方法は見いだされていない。各医師、病院によって考え方が異なるのが2016年時点の状況である。家族として、術式の現状・メリット・デメリットを理解して、医師と相談することが肝要である。各手術の図入りの詳細などは病院の説明や、本にて確認を推奨する。
外科手術についての基本的な知識
両肺動脈絞扼術
先のエントリで述べた外科手術。この手術は、今後どの術式を選ぶとしても必ず行うべきものであり、とにかく生後すぐに行うことが重要と考えられている。
ノーウッド手術
酸素化された血液が右心室から動脈管経由で大動脈→全身と流れている状態を改善する手術。通常は生後1ヶ月、グレン手術と同時に行う場合は生後3~4ヶ月で手術する。右心室からの肺動脈と左心室から伸びているが低形成となっている上行大動脈を吻合して、大動脈弓を作成する。端的にいえば、プロスタグランジンで開けていた動脈管がなくても、右心室からの血液が全て新しい大動脈弓から全身に流れるようにするという手術である。しかしこれだけでは全身から帰ってきた静脈血が肺に流れなくなってしまう。そこで下記の2つの手術のうちのどちらか、もしくはグレン手術を同時に行うわけではあるが、その術式が未だ確定的ではない。なおノーウッド手術は一般的に成功率が70パーセント程度と言われているが、その理由は手術後に血行動態が安定しづらく、術後の管理が難しいからと言われている。
- BTシャント術
ゴアテックスなどを使用した人工血管を使用し、鎖骨下動脈と肺動脈を繋ぐ。この場合全身からの血液は、右心房→右心室→再建された大動脈→鎖骨下動脈→人工血管→左右肺動脈の順に流れて肺へ流れる。ノーウッド手術と同時に行う手術としては、初期から行われている方法であり、海外での実績は未だ多い。デメリットとしては、肺に血液がどれくらい流れるかが、肺動脈の血管抵抗次第であるため、子供が泣いたときなどに血流量が不安定になりがちであり、血行動態が安定せずに、術後の管理が難しいということである。
- 佐野変法
岡山大学病院の佐野医師が考案したシャント術。BTシャントでは鎖骨下動脈から肺動脈に繫いだが、この方法では右心室に穴を開けて、人工血管を接続し、直接肺動脈に繫ぐ。右心室から拍動性の血流が直接肺に流れることとなるため、血流が安定しやすい。今のところ大きなデメリットはないと考えられるが、手術するのならば岡山大学病院に転院することを考えてしまうことが一番の問題かもしれない。
グレン手術
フォンタン手術を目標として段階的に行う手術。上半身から戻ってきた静脈が流れている上大静脈を右心房から切断し、肺静脈に直接繫ぎ、ノーウッド手術にて行ったシャントは切除する。これによって、上半身から戻ってきた血液は直接肺へ、下半身から戻ってきた血液は右心房にて、左心房からきた酸素化された血液と混じって、また全身に戻っていくこととなる。後者が酸素化されていなくていいのかという気になるが、乳児は下半身からの血流が少ないため、その状態でもしばらくは問題ないらしい。酸素飽和度は80前後となることが多い。グレン手術を行うためには、上大静脈からの血液が肺に十分流れるくらいに肺血管抵抗が小さくなっていることが必要となる。また体重は5キロ以上あることが望ましいとされるため、生後3~4ヶ月で行われることが多い。
フォンタン手術
下大静脈を右房から切断し、肺静脈に繫ぐ手術。グレン手術から1年後の1歳から2歳で行うことが多い。これによって全身の静脈血が肺動脈圧が下がることを利用して、直接肺へ灌流されるようになる。一方で酸素化された血液は肺静脈→左心房→心房中隔欠損*1→右心房→右心室→大動脈弓→全身と流れるようになり、チアノーゼは解消される。
ノーウッド手術か、ノーウッド+グレン手術か
現時点において、ノーウッド手術単独で行う際には佐野変法によるシャントを繫ぐことが多くなってきており、BTシャントは日本では減ってきているようである。しかしもう一つの方法として、ノーウッド手術とグレン手術を同時に行ってしまうという方法も存在する。どちらが良いかということについては、医師・病院によって考え方異なり、判断が非常に難しい。ここでは私の体験を通じて、患者の家族としてのメリットデメリットを述べたい。
生後1ヶ月にノーウッド手術を行い、半年後にグレンを実施するパターン
メリット
- 佐野医師をはじめ、日本の先天性心疾患の先進的な取り組みを行っている病院では採用実績が多く、安心感がある
- 一番難しいノーウッド手術を生後1ヶ月で行い、早期に一度退院となるため、家族の精神的な負担が長引かない
- プロスタグランジンの点滴を行っている期間が短いため、点滴漏れ、体調維持に関するリスクが減る。
- 心房中隔欠損の維持期間が短い。
- 肺動脈絞扼の期間が短く済む
デメリット
- 生後1ヶ月という低体重の状態で手術となるため、心臓以外に問題があった場合に手術に耐えうるかが問題となる。
- BTシャントでしか行わない病院だった場合、転院を考慮することとなる。
- 一時的とはいえ人工血管によるシャントを体内に入れる不安
- 入院中は状態が安定しないことが多く、直母・育児を行うタイミングが遅くなりがち。
- 外科医の腕が非常に問われる。
生後3~4ヶ月でノーウッドとグレン手術を同時に実施するパターン
メリット
- 生後3ヶ月で5キロ以上とある程度体重が増えた状態で外科手術を迎えられる。
- 入院中に直母・沐浴などの育児がある程度可能
- 大きな手術まで時間があるので、精神的な準備が出来る。
- 人工血管によるシャントが不要。
- 手術の難易度が少し下がる。
デメリット
- 肺動脈の絞扼が3ヶ月以上に及ぶため、その後に肺動脈の狭窄が起きる可能性が上がり、長期的な予後に影響する。
- 外科的な対応遅くなるため、3ヶ月の間に心房中隔欠損が狭くなった場合、カテーテルによるバルーン裂開術が必要。
- 体重増加や肺血管抵抗低下が予定通りでない場合、方針変更が必要。
- 長期の点滴による点滴漏れや体調管理が難しさなどのリスクがある。
- 入院が半年近くなるのが確定的なため、患者・家族の負担が大きい。
結論
上記のメリットデメリットを踏まえた上で各自で判断をしていただきたいが、私としては生後1ヶ月ノーウッド(佐野変法)→生後3ヶ月後グレン手術→2歳フォンタン手術のほうがトータルで見たときの子供、家族の負担は少ないように思われた。ただノーウッド+グレンで行った場合でも、短期的な予後についてはそれほど変わらないと考えられること、また長期的な予後は10年、20年経たないと本当のことはわからず、2016年時点では仮説に過ぎないことから、信頼できる医師、病院がノーウッド+グレンでということであれば、あえて転院まで考える必要はないような気はした。心配な場合は、セカンドオピニオンによる相談を行うことが一番であろう。
*1:ノーウッド手術の際に外科的に心房中隔は取り除いておく