左心低形成症候群について
概略
本来あるべき左心室が胎児の際にキチンと形成されずに、生まれてきてしまう先天性心疾患。1万人に1人くらいの確率で発生し、原因は現在のところ特定されるものはない。胎児の間はヘソの緒経由の酸素供給が行われる循環となっているため、問題は発生しないが、出生後に循環が切り替わり、酸素供給が十分行われないため、点滴による薬の投与がないと、1,2日の内に死に至る。出生後すぐに対応できた場合は、その後、2歳までの間に約3回の開胸手術を行う必要があるが、適応条件や手術自体の難易度が高いため、3回全ての手術ができない場合もある。一番の難しさはノーウッド手術と呼ばれる外科手術で成功率は60~70%と言われている。全ての手術を乗り越えられた場合は、通常生活が行える程度まで回復する可能性はあるが、通常とは異なる循環となるため、合併症などのリスクは残る。
出生後の血行動態
正常な心臓において、血液は下記の順に流れる。
- 全身→上下の大静脈→右房→右室→肺動脈→肺→肺静脈→左房→左室→大動脈→全身
しかし左心低形成症候群の場合、下記のような循環となる。
- 上下の大静脈→右房→右室→肺動脈→(ここで2つに流れる)
肺から戻ってきた血液は左心室に行かずに「心房中隔欠損」を通じて、右房へ流れ込み、全身から戻ってきた酸素化されていない血液と混じって、肺動脈に流れる。その先の「動脈管」から大動脈を通じて全身に流れることで、かろうじて酸素化された血液が全身に流れるということになる。
治療方針
治療1:プロスタグランジン(E1)投与の目的
ここで問題となるのが出生し、母体から切り離されると「動脈管」が閉塞してしまうということである。実は「動脈管」はヘソの緒から酸素が供給されている間は、全ての胎児で開存しているものである。しかし出生後は肺呼吸に切り替わることもあり、必要がないため閉塞する。しかし左心低形成症候群の場合は、左室から血液を送ることができないため、「動脈管」が開存していないと酸素化した血液は全身に回らなくなる。そこで閉塞を防ぐために、左心低形成症候群の患者は点滴でプロスタグランジン(E1)を投与し、擬似的に胎児と同じ状態を保つことで、動脈管の閉塞を防ぐのである。投与は後述のノーウッド手術が完了するまで必要となる。
治療2:心房中隔欠損の維持
心房中隔欠損は出生後、徐々に狭くなる場合がある。ノーウッド手術までの間に十分な広さが維持できれば問題ないが、狭くなってしまった場合は広げる手術が必要となる。多くの場合はカテーテル手術を行う。カテーテルによる手術は「心房中隔欠損バルーン裂開術」と呼ばれ、心房中隔欠損にカテーテルを通した後、先端のバルーンを膨らませて、引っ張ることで穴を広げる手術となる。十分に広がらない場合はステントを留置する可能性もある。
治療3:両肺動脈絞扼術
通常、治療2に先行して生後2日〜5日で実施する。肺動脈への血流量は生後から徐々に増えていく。左心低形成症候群の場合、肺動脈から流れる血液は多く、また肺と動脈管を通じた大動脈で取り合いになってしまう。そのときに肺へ血液が流れすぎると心不全となってしまう。それを防ぐために、肺動脈をテープで縛り、血流を制限することで、次の手術までの間に肺と心臓を守るのである。生後直後に胸を開く外科手術となるが、手術自体の難易度はそれほどでもないようだ。ただし縛り方によって、予後に影響する*3ため、経験のある医師、病院で実施することは望ましいのであろう。
治療4:ノーウッド手術・グレン手術・フォンタン手術
左心低形成症候群における最終的な治療目標は現在のところ、フォンタン循環を完成させることにある。フォンタン循環とは下記のような血行動態とすることである。
- 全身→上下の大静脈→★肺★→肺静脈→右房→右室→大動脈→全身
これは全身から戻ってきた血液を心臓を経由させずに直接肺に流し込み、酸素化されて肺から戻ってきた血液を右房、右室に送り、大動脈から全身に送るようにする循環である。上記の循環は適応に条件があるため、新生児がいきなりフォンタン循環を完成させることは現在のところ難しい。そのため治療1〜3に加えて、ノーウッド手術、グレン手術を経由して、最終的にフォンタン手術を行う方式をとることとなる。なお各手術を行うタイミング、詳細な方式については、2016年時点で各医師、病院で判断が異なる。それぞれの方式に一長一短があるのは確かなようで、左心低形成症候群の子の親として、最初に悩む部分である。これについては別エントリで詳しく述べたい。